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【アラベスク】  第4章 男ゴコロ



第3節 父と息子 [11]




 アイツが死んだ―――
 原因は義父から、それもごく簡単にしか聞いていない。だがその死に(ざま)には、なんとなく納得した。
 そんな死に方ができるのは、アイツしかいないと思った。
 岐阜県のどこぞのゴミ焼却施設で、爆発事故が起こった。
 そんなニュースを聞いたのは、まだ入梅の知らせを聞く前だったような気がする。
 そうだ。確か、美鶴が(つた)に襲われた日か、その前後ぐらいだったはずだ。
 小竹(こたけ)正雄は、その犠牲になった。
 離婚後どのような生活を送っていたのか、聡は知らない。どのような経緯でゴミ焼却施設での仕事を始めたのかも、全くわからない。
 泰啓に聞かされた後、図書館で新聞を(あさ)ってみた。
 ガス抜きされていなかったスプレー缶が、焼却ゴミの中に紛れ込んでいたらしい。それが事故の原因だったようだ。どこかの破落戸(ならずもの)が、分別を怠ったのだろう。
 だが、死者が出たのはまた別の原因だったようだ。
 ゴミ焼却施設は、危険な仕事場だ。それは素人でも理解できる。故に、立ち入って良い場所、仕事の手順、事故が起きた時の対処の仕方について、明確な決まりがある。回収されたゴミも、今回のような事故が起こらないよう、それなりに中身のチェックもしていたはずだ。
 それを守っていれば、事故は防げたかもしれないし、爆発事故が起こっても、死者は出なかったはずだ。

 守っていれば――――

 これは、やたら事を騒ぎ立てる傾向にあるマスコミの勝手な見解。
 どこまでが本当かはわからないが、彼ら独自の取材によると、正雄は焼却施設という職場でも、浮いた存在だったようだ。
 中途採用、しかも職場ではまったくの素人でありながら、先輩や上司の指示を無視する傾向があったらしい。勝手な行動で危ないと忠告を受けたことは、一度や二度ではなかった。年下の先輩という存在に、くだらない反発心を(つの)らせてもいただろう。
 ゴミ焼却施設や市の管理管轄からは、正雄本人の素行に関する見解やコメントは出されていない。だが聡は、独自の取材に基づくマスコミの見解というものが、まったくの的外れだとは思わない。
 顔を蒼白にして自分へ恐怖の眼差しを向ける父の姿が、まざまざと思い出される。
 虚勢(きょせい)見栄(みえ)で身を固め、最後まで自分の浅慮(せんりょ)さと器の小ささと、そして世間知らずさを認めなかった。そんな男にしかできない死に方だと思った。
 実の父親が非業の死を遂げたというのに、少しの悲しみも感じないばかりか、侮蔑と白けた感情しか湧かない。
 自分の心は、腐っているのだろうか?
 卑しくて下劣(げれつ)な人間だから、美鶴にもあんなコトを―――
「お前の(しつけ)がなってないからだっ!」
 聡が暴れるたび、正雄は育代を叱咤した。
「聡っ やめてっ!」
 暴れる聡を押さえ込みながら、母は泣いた。
 それを見るたび、幼心に罪悪を感じた。

 もっと自分を抑えなきゃ―――

 だが、父と母が言い争うと、どうしようもなく我慢できなかった。
 暴れたければ、そういう場所を与えてやればいい。そんな考えのもとに空手教室へ放り込むという父の行動が、今の聡には(いささ)か笑える。
 空手を習って聡がもっと強くなったら、自分に手をあげたりしてこないだろうか? などとは、考えなかったのだろうか?
 所詮は、世間知らずの浅知恵でしかなかったのかもしれない。
 そんな父親の勝手で始めた空手は、今考えると少々不本意だが、面白かった。
 両親が離婚し、母の実家へ引っ越した後は、一時(いっとき)空手からは遠退いていた。だが、すぐにまた、やりたくなった。
 実家に戻った母は、生計を立てるために必死で働いた。正雄が転職活動に失敗した頃から働いてはいたが、離婚後は取り憑かれたかのように働いた。
 そして毎日、疲れた顔をして帰ってくるようになった。
 年老いた祖母と、疲れた母。
 つまらない家庭だった。
 新しい学校では友達もできた。だが、学校が終わって、放課後を友達と過ごしても、暗くなれば家へ帰らなければならない。聡はそれが嫌だった。
 だから祖母に頼み込んで、少し離れた空手教室へと通いだした。
 あの頃の聡にとって、楽しいと思える場所は空手教室と―――― そして美鶴の部屋だった。







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